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銘機礼讃(その3)- Panasonic LX2 <・・・つづき>

(前日のつづきです)

・・・というわけで、Hサイズを楽しみながら、そのうちいろいろ浮気心が出てきて、再びCONTAXあたりにもどったりしつつ、デジタルへの移行も視野に入るようになっていた矢先に、LXシリーズが登場しました。理想は一眼レフで・・・だったのですが、とにかく出されたことが僕には奇跡。

購入意欲は十分だったのですが、グズグズしているうちに、LX2が出ました。

P1020199Blacksmall.jpg
Panasonic LX2 [ 3:2 ]


先代からのブラックボディはレンズ周りもブラックになり、見た目はバッチリです。

レンズキャップのあるコンデジ・・・・すばらしい。

背面液晶の画面もこの二代目から16:9となりました。写真と同じサイズの液晶を搭載したことも二重丸です。

それに3:2の通常の35ミリカメラのフォーマットももちろんオッケーですよね。レンズ銅鏡のスイッチで3:2か4:3(デジタルフォーマット)か16:9が選べます。このスイッチングもアナログ的でわかりやすい。目で見て手で確認できるスイッチ類を軽視していない。

マニュアル撮影ができることもうたっていますが、その操作はかなりデジタルライクで僕にはあまり使い勝手がいいとは思えません。それでも絞り優先で撮影できるのはありがたい。

ズームですからレンズが伸びますが、伸びない時のキャップをあけているだけの時の姿はほんとにかっこいい。まあ、伸びないでその代わり単焦点でよかったかというと、うーむそれは困るのですが。単焦点なら他のカメラにいくわけで・・・。

重さもちょうどいいし、各部の作りこみも「高級コンデジ」というふうなコンセプトではないからそのあたりはあきらめれば、まあ満足です。すごく所有欲が満たされるカメラかというと僕はそうでもないのですが、しかし他がひどい、所有欲ゼロに近いコンデジばかりだと思っているので(笑)、それらの水準と比べれば、LX-2は素晴らしい。

このデザインの優位性はライカとの共同が前提で開発されてきた流れと無縁ではないでしょうから、必然でもあったわけでしょうが。

画質もいいです。満足です。ほんとに条件がそろったときにはいい絵が出ます。

ピントあわせやズーミングはもたつきますが、コンデジ全般に言えることですし・・・。

あえて注文を一つだけつけるとすれば、僕だったら「ズームの手動化」。
このカメラはコンセプト的にいってもズーミングが手動であることが似合うカメラです。

ファインダーがないことの不満はあえて言うまい。
22:57 | Panasonic LX2について | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

銘機礼讃(その3)ー Panasonic LX2

2月26日(月)
写真だけとりあえずアップしました。

2月27日(火)10:47

ということで、あらためてLX2の『銘機礼讃』です。

このカメラはまあ鬼っ子と申しますか、ご存知の通り、とにかく16:9の写真が撮れることが特徴のカメラとして市場に投入されました。そのことが市場全体にはどの程度に魅力的なことだったかはよくわかりませんが、僕には天恵でした。

Hサイズで写真が撮れる。この画面サイズは、映画やハイビジョンテレビの画面サイズに近いわけですね。

それ以前にもHサイズの撮れるデジカメはあったわけですが、しかしこれは上下に幕を張って隠したような偽物Hサイズでありました。ところがパナソニックのこのLXシリーズは、撮像素子そのものが16:9なわけで、とにかくHサイズに特化したカメラです。

とにかく僕自身は、LXシリーズ登場前から、こういうコンデジを心待ちにしていたのでした。

IMG_4136small.jpg
EOS 5D : EF50mmF1.8 : f1.8

それは前出している通り、僕のその頃のメイン機材がCanon EOS IXEだったからです。
どうしてIXEだったか。
ひとえにHサイズで写真が撮りたかったからです。
「APS(アドバンスフォトシステム)」などということはどうでもよろしい。むしろ画質は落ちるのでいただけない。しかしHサイズフォーマットの写真を、僕は心待ちにしていました。

なぜか。それは映画から、高羽哲夫のキャメラにはじまります。

松竹の名キャメラマンだった高羽哲夫さんは、映画『男はつらいよ』などのシリーズで、今ではビスタサイズばかりの映画が主流の中、シネスコの画面サイズにこだわり、その画角の長い辺をいかした名カットをたくさん残しました。
男はつらいよ』で挿入される、高羽哲夫の撮った風景カットの数々は、「素晴らしい風景写真」として僕に響きました。特別に目の覚めるような自然の美しさを被写体にした写真ではもちろんないのですが(あくまでも『男はつらいよ』という映画の中のシーンなのですからあたりまえなのですが)、しかしそれでも美しいのです。

暮らしが写っている風景写真・・・暮らしがありありと写っていながらそれでいて「自然の風景写真」、あるいは「美しい風俗写真」としてそれは定立しています。

宮本常一が民俗学の視点で撮った写真の数々は素晴らしいものですが、そこに芸術を加味したのが高羽哲夫のキャメラだったと言っておきたい。

高羽さんは95年にお亡くなりになりました。ちなみに、そのあともつづく映画『男はつらいよ』の映画キャメラがどのように変わってしまったかはもう一目瞭然です・・・・。

高羽さんが撮っているような風俗写真は、これは映画のカットなわけですから、なら写真でそれを追えないかと僕はずっと思っていたのです。

そのとき、Hサイズという16:9の画面比率を持ったAPSカメラの登場は、僕の願いを後押ししてくれる格好のアスペクト比として僕の目の前に登場したというわけなのでした。まさに天恵です。

話しが長くなってます・・・。

Hサイズへのこだわりは、まあ、そういうわけです。
で、僕はAPSカメラを一渡り見渡して、一眼レフで、カメラのデザインにもこだわると、そもそも選択肢が少ない中でキャノンのIXEがヒットでした。これでずいぶん写真を撮りました。大満足でした。
で、LX2にようやくたどり着けそうですが、長くなったのでつづきということで。


11:43 | Panasonic LX2について | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Panasonic LX2の写真

メールをいただいた。
Panasonic LX2の写真はアップされませんか?」
たしかに5D一辺倒で・・・。

昨年9月頃にLX2を購入してその翌日から旅に出て、行きの飛行機の中でマニュアルを読んでいた。その残暑期にかなり使い込んで、それ以降パッタリになっている。携帯する利便性からのコンデジ購入だったのだが、いつでもどこでも5Dを持ち歩いているのでめっきりLX2の出番がない。5Dの勇姿を撮るのにLX2を使用して、これはアップ済み。

何度か書いたが、僕はEOS IXEというAPSカメラをずっと使っていた。APSのHサイズ、その16:9という画面サイズがお気に入りで使っていたのだが、それがコンデジでやっと実現されたのが初代LX1だった。しかしこれはパスして、ルックスに合格点が出せたLX2で購入に踏み切った(もちろんブラックボディ)。

この機体のことは今夜はちょっと遅いので、銘機礼讃シリーズで明日にでもアップします。
とりあえず写真を一枚。その、よく使用していた時期の昨年の夏の写真を。
こういうのばっかり撮っていて、こういうのがむなしくなった昨今です。

P1000767Blacksmall.jpg
Panasonic LX2 [ 16:9 ]

23:32 | Panasonic LX2について | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

50mmのおもしろさか、40か60。

カメラのスタイリングにもこだわってしまうのだが、5Dには、50ミリレンズが一番かっこいいと思える。というよりも、このレンズ銅鏡の長さくらいまでが5Dのボディデザインを壊さない許容範囲と思えてしまう。もちろんこれは僕の勝手な好みであるけれど。欲を言えば、レンズの太さは
IMG_3787small.jpg
EOS 5D : EF50mmF1.8 : f1.8

もう少しボリュームがあった方がいいが、まあとにかく長さはこれくらいまで。だからこれくらいの全長のレンズなら単焦点でもズームでも何でもいいのだが、僕が持っているレンズでは「この長さ」はEF50F1.8くらいしかない。といっても、50ミリばかりというわけにもいかないので、いつかこのブロクに書いたように(「EOS 5Dのスタイル」07.1.13)、次の候補としてシグマの24-60を使うことは多いが、とにかくスタイリングの関係で、つい見栄えのいい50ミリを好んで付けてしまう。

で、思わぬ収穫というか、50ミリでいろんなものを撮ることになり、50ミリのおもしろさを知る昨今である。

50ミリと言えば、以前沖縄旅行に行った時、CONTAX S2に、プラナー50ミリだけを持って出掛けたことがあった。せっかくの沖縄旅行に50ミリ一本勝負は不安で、実際にはサブにミノルタ TC-1(28mmF3.5)を持参したけれど、まあ実質は50ミリ一本で何でも撮った。300枚くらい撮って、ポジの発色を透過光でのぞいてお決まりのようにメロメロになっていたが、そのとき50ミリのおもしろさを知った気がした。しかしそれきりで、以前の広角志向にもどってしまい、そのままになっていた。

いま、50ミリがおもしろい。開放がおもしろい。このおもしろさの延長で、40ミリか60ミリの大口径単焦点レンズでもいいかなと思う。特に、60ミリというのは意外に盲点ではないか。ちなみにシグマの24-60を60mmに固定して使うとこれがなかなかおもしろいのだ。標準レンズから一歩踏み込んだ感じが、ボケも含めて意外な写真になったりする。40か60。それ以上広角でも望遠でも、もうそれは50ミリのおもしろさからは離れ別物になってしまうだろう。
23:53 | その他のカメラについて | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

小さな子どもの居る暮らし

「小さな子どもの居る暮らしがしたい」・・・と言って、仕事を辞めて
いった同僚がいた。

その頃は独身だったが、その時もその意味はよくわかったが、今はそれ
が、具体的に、いくつでも例をあげて、説明できる。

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EOS 5D : EF50mmF1.8 : f1.8
23:45 | 家族 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

EF75-300 F4-5.6

はじめて買った一眼レフは、New EOS kissだった。
そのときに揃えた、今は廃番になっている「EF75-300 F4-5.6」の
レンズの存在を今ではすっかり忘れていた。
で、5Dに装着して試写してみた。

長らく使っていなかったし(10年以上か)、そのずっと後に愛用した
APS一眼 EOS IXEでもそういえば使ったことがない。
だいいち、こんな望遠をなぜ買ったのか。今ではその理由もよく思い
出せない。よくあるセット販売の購入だったか。

使わなかっただけにレンズも銅鏡もきれいなものだった。カビもない。
5Dで十分使えるということも今日の試写でわかった。
子どもがいるので、これからはきっと重宝するに違いない。
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EOS 5D : EF75-300 F4-5.6 : 300mm f5.6 「さざんか」
22:21 | Canon EOS 5Dについて | comments (4) | trackbacks (0) | page top↑

市川崑の映画

市川崑監督の金田一耕助シリーズの映画をこのところ順に見ている。
『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『獄門島』『女王蜂』。
残すは『病院坂の首縊りの家』のみとなり、五部作が終わる。
明朝体のタイポグラフィ、独特のカット割り、構図の大胆さ、ジャズのリズムを思わせる
映画文法。白黒と鮮やかな色使い。
加えてこのシリーズは、世評の通り音楽もよく、また台詞も美しい。
あらためて、素晴らしい映画だと見直した。
よい映画を観ると、写真を撮る気にもさせてくれる。

下の写真のような構図、人の後をひろくとるのは市川映画によく見られる。
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EOS 5D : EF50mm F1.8 : f1.8
23:48 | 写真論 | comments (3) | trackbacks (0) | page top↑

男の子はいまいち?

時おり、娘の写真をアップしているが、息子が写っている写真ははじめて。
女の子は写真も楽しいが、男の子はなんだかつまらんな〜と思っていて、
自分が男だからかとも思ったりしていたが、妻も僕と同様に男の子の写真はつまらん
と思っていたらしい。
しかし、男の子を撮った素敵な写真は世の中にはたくさんあるしなあ〜。
けっきょく撮ってる僕に問題があるということか。
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EOS 5D : EF50mm F1.8 : f1.8
23:56 | 家族 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

写真は俳句、あるいは杖のようなもの〜福原信三と畠山直哉

飯沢耕太郎『写真と言葉 ー 写真家二十五人、各語りき』(集英社新書)を読了。
中でも、福原信三と畠山直哉の言葉がそれぞれおもしろかった。
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EOS 5D : SIGMA24-60 : 24mm f4.0

福原は写真を俳句にたとえ、畠山は杖にたとえる。
写真と俳句の近似性はよく言われることだが、あらためてそうだなと感服した。
俳句もまた、美をうたうこともできるし、暮らしをうたうこともできる。
大仰ではなく、体系でもなく、今そのときの一句が、いまそのときの写真、と響きあう。風景をあざやかに切り取って見せ、取るに足りないその景色を、意味あるものに定立させる。

畠山直哉が写真を「杖」に見立てた本意は、本ブログの記事「どうして大根を撮ったか」(07.2.7)に書いた。
「写真とは何か」ということについて書かれた文章は、しかしいつも何かがはみ出しており、そのすべてを言い当てることはやはり難しい。

23:35 | 写真論 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

報告

娘の幼稚園の制作展に出掛けて見つけた、幼稚園の門扉にあったメッセージ。

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EOS 5D : EF24-85 : 85mm f4.5

小学生が、自分の出た幼稚園を、懐かしい思い出に、時にはホームタウンのようなもの
として想っていることは、自分が小学生だった頃をふりかえっても、そうだった。

落書きに顔をしかめることもできるが、
このメッセージが純粋な気持ちで書かれていることが、わかる。

中にまで入って、先生に声をかけるところまではできず、
自分が小学四年生になったこと、担任の先生が誰であるかを、
幼稚園時代の自分の担任の先生に報告する。
この女の子の、その時の気持ちはどんなものだったんだろうか。
深く傷ついたり、ひどくすりきれてしまった日の
小学校の帰り道ではなかっただろうか。

あっけらかんと書いて去っていったのなら、逆にホッとする。悲観的にすぎるか。
「なす かおり せんせい」は、この報告をどんな気持ちで読んだだろうか。
20:48 | 教育 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

銘機礼讃(その2)ー CONTAX N1

「Aria」には、データパックを装着した。厚みは増すが、露出と絞りのデータが残るのはとてもありがたかった。
 しかしそれからほどなくして、コンタックス初のAF一眼にして最期の機体「N1」を手に入れてしまう。DSC_7016blacksmall.jpg
NIKON D70で撮影。

 「Aria」を使っていて、またふたたびやはりオートフォーカスがいいなあと思うようになってきた。ピント合わせにけっこう気をとられていることがわずらわしくなり、構図がおろそかになっている気がした。自分が不器用なだけだが、しかしそうなのだからしょうがない。構図だけに集中したい。やっぱりAFだなあーとMFを使ってみて改めて思い直したといったところだ。

それならAPS一眼「Canon IXE」にもどればいいわけだ。ところが完全自動化というのもなあーと思ってしまう。マニュアル一眼レフカメラへの偏愛もきっぱりと捨てきれない。
そうなのだ。それで「N1」なのだった。
 
 話が長くなったけれど、N1はマニュアル一眼レフカメラの形と機能をそっくりそのまま残した上で、AFなのである。マニュアルでも使えるし、その時の操作手順はボタンやコマンドダイヤルでピッピではなく、絞りリングとシャッターダイヤルでの操作。「S2」と同じ操作感なのだ。

 図体はコンタックス一眼の中ですっかりでかくなってしまっているし、これまでの艶っぽいグリップの形状は普通になってしまっているし、なにより厚ぼったくなってしまっている。しかしそんな部分を差し引いても、やはりこのボデイデザインは好みだった。漆黒の黒だ。金属ではないのは大いに不満だったが、プラ樹脂を感じさせないつくり込みの贅沢さ。金属の重みに匹敵する重さ。
 そして不評も多いNマウントになってしまったレンズだが、この「24-85」のレンズの太さと短さはボディとよく似合い、ずんぐりとした重量級な感じも好みなのだった。
 
 「VS24-85」レンズの難をいえばズームロックがないこととF値の暗さの二点のみ。暗さはこれはいただけないのだが、Nマウントでも出された「プラナー50ミリF1.4」をあわせて持てば、まあ大体万全であった。広角が好きなのでぜひとも「VS17-35:F2.8」が欲しかったが、中古市場は高値で安定で手が出せないままとなった。
 
 そして、このN1も手元を離れていってしまった。
 いよいよ、銀塩との別れ道。
 NIKON D70で、僕はデジタルカメラにシフトしてしまった。
03:55 | その他のカメラについて | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

銘機礼讃(その1)- CONTAX RX2

仕事の合間のちょっとあいた時間に、自分がこれまでに使ってきたカメラを年代順に並べてみた。一番長く使ったカメラは、APSカメラの「canon IXE」。
とても気に入って使っていたのに、別に買っちゃったのが「CONTAX RX2」だった。
VS28-70」のマクロ機能もある小さなズームレンズと一緒に。

DSC_6851small.jpg
NIKON D70で撮影。
5DかLX−2で撮った写真が原則だが、今回は番外。


そもそも「RX2」がなぜ欲しくなったのか思い起こしてみた。
そう、やっぱりマニュアルカメラがいいなと思ったのだった。既に「CONTAX S2」があったのだが、いかんせん「S2」は完全マニュアル・純機械式カメラである。
マニュアルがとは思いながらも、でもプログラムAEは欲しかった。
ピントと構図に集中したかった。それで「RX2」なのだった。

あまたカメラの中で、ボディデザインの美しさ、墨のような黒の引きしまった機体。
シンプルで、余計なものは一切ないその機能性。
そして「金属」であること。
これらの諸条件に合致したのが「RX2」だったのだ。うん、そう、そうだった。
 
ところが、しばらく使っていて、 今度は小さな一眼レフが欲しくなった。
RX2」は何も文句の付けようがないカメラだったが、いかんせん大きい。
季節は冬で、ちょうど着ているコートの大きなポケットにそっと入るような、
それでいてコンパクトカメラのように単純ではない、マニュアル一眼レフの
小さなカメラが欲しくなったのだった。
サクッとカメラを使いたい・・・と思うようになったのだった。

それで一年も経たずして今度は「Aria」を購入。
45ミリ=パンケーキ・テッサーと一緒に。
しかし今度はすぐに、このプラ樹脂ボディ、軽いのはいいが軽すぎて、気に入らなくなった。
で、次のカメラは・・・・・

と、こんなふうにカメラ遍歴が続いていったんだなーとしばし回顧した。
自分の中で、「写真」よりも「カメラ」だったあの頃・・・。
とはいいながら、今後もあやうい。5Dでピリオドにしておきたいと切に思う。
01:17 | その他のカメラについて | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

バレンタイン・デーというイベント

妻と娘でハートの形のチョコレートケーキをつくってくれた。
家族五人だから五つのハートなのだろう。
ホワイトデーに何を返そうか。

どんなイベントであれ、家族にとっては豊かさにつながる。

IMG_3087Black-small.jpg
EOS 5D : EF50mmF1.8 : f1.8
23:57 | 家族 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

で、写真がない。

昨日、2月12日は妻の誕生日だった。
で、近所のイタリアンレストランでささやかなお祝いをした。
テーブルクロスの上に置かれた5Dも、まるで黒いタキシードを着装してい
るかのように、かっこよい。ほれぼれと眺めながらパスタを食べたりしていた。

お店のシックな内装とおめかしした子どもたち、
妻のバースデイの記念すべき姿もしっかりカメラにおさめた。
店内にハッピーバースデイの曲が流れ、お客さんたちからも拍手をいただき、
楽しいディナーはそうして終わった。

さてさて。
夜、子どもたちを寝かしつけ、いざ写真をと、
いつものようにCFカードをカメラから抜き、
いつものようにカードリーダーに差し込み、
いつものようにデスクトップに浮かんだアイコンをクリックすると・・・・。

・・・・・・・・・・・・開かれたフォルダに画像が一枚もない!。
何度か開きなおして確かめてみても、ない。
いったんカメラに戻し、閲覧してもデータなしの表示。
(ちなみにカメラ本機の撮影可能枚数の表示は減ったまま)。

・・・こういうことがあるということは知ってはいたが。

ちなみに、あきらめて、もう一度カードを挿入して部屋の中をパシャパシャやって
使用してみるが、何の問題もなく記録され、それらは読み取ることができた。

妻の誕生日の写真だったので、記念的なものとして重要だったが、
まあそれでも旅の写真だったりしたらと思うとゾッとします。
こういうことってあるんですね。しかしこわいなホントに。
12:00 | Canon EOS 5Dについて | comments (1) | trackbacks (0) | page top↑

どうして大根を撮ったか

どうして大根を撮ったかと、撮った後に考えてみる。そのことが大事だ。
写真は結果的に「表現」にもなるが、僕はやはり自分のために写真を撮りたい。
そして写真を「認識の杖」にしたい。考えるために撮る。よりわかるために撮る。
撮られている被写体こそが大切だ。
「それ」を考えるために、「それ」を撮ったんだ。
そういうふうに写真とつきあいたい。

IMG_0249black:small.jpg
EOS 5D : SIGMA24-60 : 60mm f/6.3
23:40 | 写真論 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

そうだ、暮らしを撮ろう。

なかなか写真を撮る機会がない。仕事も忙しい。
でも家の中で家族を撮ることならできる。
明るい単焦点のレンズをつけて、絞り開放、家の中で、僕らの暮らしを撮ろう。
IMG_1720small.jpg
EOS5D : EF50mmF1.8 : f1.8
23:19 | 家族 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

子どもたちが 立ち去っていくその前に

通りを元気に歩いている小学生や、
公園で走り回っている子どもたちを見るとホッとする。
その国が、いい国かどうかは、子どもを見ればわかるという。

大人が、産業が、ここまで子どもたちを食い物にして儲けているこの日本と、
同じような国を探すことは、もはや難しくなっている。

愛想をつかした子どもたちが立ち去ってしまうその前に、
子どもたちが輝いている、しっかりと大地に立っている、
そんな写真をきちんと記録しておきたい。

IMG_1982small.jpg
EOS 5D : EF50mm F1.8 : F2.8
21:43 | 家族 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑